HAPPY PEOPLE 制作本部
夢を叶える過程を綴るBlog

好きな言葉を入れてください

SEO対策にも使えます

奮闘中・・・!!!!
人生、難しいですよねw
何度も経験してるのに、要領よく生きようとは思わずに、常に突進しかない。

崖から突き落とされるの分かってるのに!!どうする?

なるべく早く、もう一回歩き出す。

HAPPINESS byひろっぺ
大阪→秋田
最近気づいた変化

1年前
ひろっぺ「僕、秋田がめっちゃすきなんっすよ〜!」

秋田人「嘘でしょw」「え。。。?」


現在
ひろっぺ「僕、秋田めっちゃ好きなんですよ〜!」

秋田人「らしいね。聞いた聞いた!」「本当に?なんでなんで?」

ここ最近、僕の秋田好き話は、秋田人にとりあえず信じてもらえるようになったかも☆www
これめっちゃ大きい変化ですよ!!w

一日予定を間違え、明日はいきなりフリーになったので、近くの川でイワナ釣り!!☆
朝から行ってきます☆

ひろっぺ


おもてなしの心で・・・
先月11日にあった大地震、私たちの住んでいる秋田でも電気や水のない1日を過ごしました。運良くたくさんの食材があった私は、友達みんなでおにぎりとみそ汁、カレーなどを作って、みんなの集まる寮のロビーへ持っていきました。一人一人に渡せた量は本当に少なかったですが、みんな本当に喜んでくれてました。小さいですが確実に「幸せ」が生まれたと思います。

地震が起きて2週間、いつもお世話になっている秋田のフリーペーパーAgさんから、「宮城県内にメディアの注目を受けずに過ごしている避難所がある。一緒にきりたんぽを届けに行きませんか?」とお誘いを受け、即お手伝いさせてもらうことになりました。

訪れた場所は東北の大都市仙台から少し海沿いに進んだ、宮城県山元町のJA支所に設けられた避難所でした。私たちが到着すると、役所の皆さん、消防団の方々や、被災者であるお母さんたちが笑顔で迎えてくれました。

秋田の方々が用意したきりたんぽを見て
「わぁきりたんぽ?旅行に行った気分だね」
「いつもパンばかり食べてるからご飯はうれしいよ」
「しょうゆと米・・・最高だね!」
と口々に温かい言葉をかけてもらいました。

全てのきりたんぽを皆さんにお配りし、玄関先で帰り支度をしていると、避難所の2階の窓から、一人のおばあちゃんが私たちを見つめていました。そして一人、二人と外に出てきて、私たちに
「ありがとうね。これから帰るんでしょ? これ持っていって」と私たちにパンとジュースを持ってきました。

ここにくる前に自分たちの食事を準備し、宮城県内ではものを買わないようにしていた私たちは

「いえいえ、頂けません。ここでものを貰うと意味がないですよ」と必死で断りました。

しかし、おばあちゃんは「日帰りで帰るのはたいへんだよ。きりたんぽおいしかった。だからもらって」と私たちに配ろうとしてきます。「ほら?あそこでみんなが私を監視してるの。私がこれをみんなに配らないと怒られちゃうよ。」と笑顔で先ほどから手を振っている2階のおばあちゃんを指指しました。そこにはたくさんのお母さん、おばあちゃん、おじじちゃんが私たちに笑顔を振りまいていました。

私はホテルで働いていたときを思い出しました。
私が働いていたホテルは日本で最初にチップ制度を廃止したホテルでした。先輩ベルマンから、「お客様がチップを渡そうとされたら、断りなさい。だけど、一度断っても、まだ下さるときは、丁重に御礼を言い、頂きなさい。」といつも言われていました。

ぼくはなぜそんなややこしいことをするの?と思っていましたが、「お客様の中にはチップを渡すことで感謝を示そうとするかたもいる。そういう方にしつこく断ることは必ずしもお客様の幸せに繋がらないよ」と教えてもらいすごく納得しました。



私は「お母さん、ありがとう。頂きます。」と言い、持ってこられたパンを受け取りました。想像でしかありません。あそこに今どれだけ食料があるのか、もしかするとたくさんあるのかもしれません。しかし、どんな状況であれ、私たちに御礼として、そこにあるパンを下さいました。おばあちゃんは本当に笑顔で、どんどんみんなに配っていきました。帰る頃には私たちの手はパンやジュースでいっぱいになりました。2階を見ると、皆さんが笑顔で手を振っていました。

「また来てね」の言葉が頭から離れません。

ボランティア・・・僕たちが行くことでガソリンを消費し、資金も使い、被災地の場所を使い、トータルで被災地の皆様にプラスを提供できたのか分からないです。しかし、確実に残ったものは私たちと被災地の方々が共に共有した時間です。そして私たちが共有した時間の中で交わされた会話、共に作りあげたきりたんぽが、そこにいた人々みんなのの体と心を温かくしてくれました。

私たち学生にできる復興支援はとても限定されています。しかし、全ては「相手にとって何が幸せなのかを常に考え、行動する」、まさにおもてなしの心を持ち続けることで見えてくるのではないかと思いました。これからも、様々な機会があると思います。昨日のおばあちゃんの笑顔を忘れずに、より多くの人々の力を被災地へ届けられるよう、一歩一歩進んでいきたいと思います。

おばあちゃんの笑顔に私たちを繋げる為には、事前にたくさんの処置が必要です。信頼性をもたない学生がいきなり被災地に行って、同じことはできません。今回はフリーペーパーAgさん、秋田県人会さん、山元町町長さん、菊地建設工業さん、そして食材を提供して下さったたくさんの秋田の方々が築いてくださったベースがあってこそ、私たち学生が参加することができました。本当に、本当に有り難うございます。

学生の強さはその若さと時間、体力です。今後とも、要請があったときに、「はい!行けます」とすぐ行動を起こせるよう、そして自分たちの面倒は自分達でできるように準備しておきたいと思います。
大震災復興へ向けて・・・
 最近はずっとパソコンと事務局の往復でした。今回の大地震の復興支援団体を立ち上げた為です。地震が起こってから、たくさんの人が「何かしたい」と思ってることを知りました。僕もそう思いました。「自己満の善意は駄目」という意見もたくさんもらいました。僕は「何かしたい」という想い自体は悪くない、それが被災者の方々にとってプラスである限り、自己満な活動ですら意味があると思ったので行動に移しました。

学内で立ち上げた団体の主な目的は
①復興支援の活動を行いたい学生を繋げること。
一人が「何かしたい」と思っても発揮できるパワーは小さいもの。できる限り多くの人が参加できるように、自ら新しい団体を作るというよりは、たくさんの団体が一緒になれる場所を作るという趣旨で活動を始めました。
②実際の活動が被災地の方へ確実にプラスにする。
僕たちは所詮学生。。。どれだけ集まってもできることは限られています。そして良くも悪くも勢いだけはあるので、一歩間違えれば、善意の押し売りになりかねない危険性まで伴います。これでは意味を成さない。確実に被災者の方々にプラスになる支援を行う為には、大人やプロに従う必要があると感じました。よって団体の活動には事務局や県などに大きく関わってもらっています。

 僕にとっては初体験の連続です。HAPPLEでは基本的に僕たちのやりたいことを考えているけれど、今回はより多くの人々が関わるし、協力も必要になる。また、これまで以上に事務局と関わることで、規制もあるし、正直びっくりするほど仕事が遅くなる。たくさんの人からもらった提案にもなかなか応えられない状況に難しさを感じています。(本当はできることもあるのになぁ)
 しかし、めちゃくちゃ大きい意味もあると感じています。震災に関係なく、僕たちの大学では「なんかやろう!」と思って活動している人も多いと思う。しかし、留学などで主力メンバーがいなくなると団体の力は薄れてしまうことも多い。ももし団体同士の横のつながり、協力しあれば、もっと継続的に大きな力が発揮できると思う。また、実は心の中で悶々としているが、行動には移さない人も増えてきた。そういう人たちもどんどん参加できるような組織を作ることができれば、やはり大きな力が発揮できると思う。自分の思う組織を作るのも本当に楽しいが、より多くの人が集まれる場所作りも本当に意味があると思う。これからもがんばろう。

明日は久しぶりに秋田市内に行きます☆数年前にテレビなどで伝説の接遇講師として話題になった平林 都さんのセミナーに行ってきます。久しぶりにおもてなしのプロに会える☆ そんなひとから見て、復興支援ボランティアに対してどんなふうに考えるのかな?思ったり。また事後報告します☆
東日本大震災
地震が起きて10日が経ちました。ひろっぺは秋田で元気です!

小学校の時体験した阪神大震災以来、僕は地震が起きるとその揺れをできるだけ感じようとしています。揺れの大きさを比べるためです。今回、始めて阪神大震災以上の揺れを感じ、「これはヤバい」と思いました。電気やガスは止まり、スーパーからは食品が消えました。真っ暗な寮のロビーでみんな集まり、ろうそくで1夜を過ごしました。

次の日の夜、「もう一日真っ暗か」と思っていたら急に電気が付きました。「よっしゃぁあ」と一人で叫んで、家に帰りました。お風呂に入って、インターネットを見て唖然。現実がようやく分かりました。津波に原発。。。秋田にいる僕たちは被災者じゃないことが分かりました。

普通の生活にもどりつつある学内では被災地への復興支援を行う動きが出てきました。また県外や海外の友達も色々と動き出そうとしてました。ぼくも「何かできることは?」と模索し始めました。そして現在、学校に復興支援団体を立ち上げるに至りました。しかし、これといって役に立つことはできていないのが現状です。

被害が少なかったとはいえ、町には人があまりいなくて、募金活動も学内でしか行えない。現地へ支援に行きたくても学生の力はまだ役に立たない。ほんとうにもどかしい日々を送っています。

少なからず地震の影響を受けたから、1日ではあったけど電気のない生活を体験したからこそ、まだ苦しんでいる方々に何かできることはないかと探し、動き出そうとしているんだと思います。これから少しずつ、僕たちにもできることが出てくると思います。この春休みはその準備に費やします。

HAPPY PEOPLEは出来上がった予定を大幅に変更せざるを得ないかもしれません。これからみんなで話し合うつもりです。
copyright © 2017 HAPPY PEOPLE 制作本部 all rights reserved.
Powered by FC2 Blog. | Template by Gpapa.